わすれる
あたしは、祖母が大好きだった。
いつもにこにこしていて、おやつをくれて、優しくて、それでいてたまにちょっと口が悪かったりする。そんな祖母が大好きだった。
祖母が死んで、もう3年が経つ。4回忌の法事のために久しぶりに母方の田舎に行くことになった。
祖父はあたしが生まれるよりもずっと前に亡くなっていたので、祖母が亡くなってからはこちらに来ることはあまりなかった。
5月にもなると、流石に少し暑くて、日差しが眩しく感じる。さぁっと吹いた風が心地よくて、風が吹いた方を眺めると、終わりがわからないくらいにずっと青い田んぼが広がっていた。
「サエ、何してんの。行くよ」
先を歩く母が暑さに顔を顰めながらこちらを振り返っていた。
「はーい」
まだ少し、田んぼを眺めていたいような気持ちがあったけれど、それがなんでなのかはわからなかったから、やめた。
法事の度に一年振りに会う親戚ばかりなので、顔だけはわかるが、どこの誰でどういう関係の親戚なのかは何度説明されても覚えられない。殆ど知らない人のようなものだし、大人の話にはついていけない。お寺という空間も、普段あまり来ないので落ち着かないので、隅の方で外を眺めていると、ガシッと頭を掴まれた。
「お、冴ちゃん!大きくなったなぁ!」
「ちょっ…と、ぐしゃぐしゃにしないでよ」
母の弟であるヒロ叔父さんは、にかーっという擬音がよく似合う笑い方をする。
「はっはっ、ごめんごめん。久々に冴ちゃんに会えたから嬉しくて。」
肩をすくめて見せると、またあたしの頭をくしゃっと撫でた。
「幾つになったんだっけ?」
「15。来年高校生になるよ。」
「高校!冴ちゃんももうそんな歳かぁ、感慨深いなぁ」
「そんなことないと思うけど。」
「あるさ!おれは冴ちゃんがこーーんな小さい時から見てんだからな!」
ヒロ叔父さんが親指と人差し指で一センチくらいを示すから、流石に生まれた時はもっと大きかった、と言いかけたが、エコー写真くらいの頃からの話をしている可能性があるので、めんどくさくて返すのをやめた。
丁度そのタイミングで、お坊さんが法事をそろそろ始めるので移動するように声を掛けに来たので、叔父さんの“叔父さんアピール”から逃れることができた。
お経を聴きながら、毎回法事の度に祖母のことを思う。その度に、なんだか少しずつ祖母のことを忘れていってしまっているような気がして、胸の奥の方がズンと重くなる。
例えば、あたしの名前を呼ぶ声とか。
例えば、握ってくれる手の温度とか。
例えば、
怖いのだ。あれだけ泣いてあれだけ悲しんであれだけ受け入れんとした祖母の死を、だんだんと受け入れて、だんだん、祖母が死んだ世界に順応して馴染んでいっている自分が。
まだ覚えている。病室のベッドで弱々しく笑う祖母の顔も、あたしが「おばあちゃん」と声をかけて握り返された力の弱さも、でも、覚えているのってそういうのなのか。あたしが覚えていたいのって、
「冴ちゃん?」
肩を叩かれてハッとすると、心配そうな顔であたしの顔を覗き込むヒロ叔父さんの顔が目の前にあった。
「大丈夫?もう法事終わったけど。」
周りを見ると、親戚のおじさんおばさんが母に挨拶をしたり談笑したりしているところだった。
「ごめん…ぼーっとしてた。」
そう言うと、叔父さんはニカっと笑って
「よかったよかった!体調でも悪いかと!」
と、あたしの背中をバンっと叩いた。痛い。
心配をかけたくなかったので、口角を上げて首を振って見せた。叔父さんはまた、あたしの頭をポンっと撫でてから、談笑している親戚の輪に溶け込んでいった。
フワッと寺内に涼しいようなでもそれでいて柔らかくてすこし暖かいような風が入る。
何故かわからないけど、あたしは「あ、おばあちゃんだ」と思った。あたしのほっぺたをしわしわの少しつめたい手で撫でてくれた、あの感覚に似ている。
大丈夫よ、おばあちゃんはずうっと、冴ちゃんのそばにいるからね。
風が私を包み込んで、やさしく抜けていった。
抱きしめてくれたんだな、とわかった。
「…えへへ」
風が抜けて行った方に笑うと、ちょっとだけ泣けた。
#小説 #短編小説
公園にて、あなたと
あなたのその大きな手で撫ぜて貰えたら、どれだけ幸せだろうかと、望んでしまった。
しゃがんで、頬杖をついて、足元で戯れるあたしを、やさしく微笑んで眺める。それだけ。他の人みたくあたしに触れようとしない。あたしを見る目はこんなにもやさしいのに、絶対に、撫でてかわいいと言ってはくれないのだ。
どうして?
みんな、あたしのことをかわいいと言って、撫でてくれるのに、どうしてあなたはあたしに触れてもくれないの?
ムッとした顔でみつめて訴えかけても、笑って躱される。
あなたのその、頬を支えている、その大きくて骨ばっていて、あったかそうなその手で、触れられたい。
あたし、こんなはずじゃなかったのに。もっと余裕で、誰からもかわいいねと言われて、それが当然で、こんな、執着なんてするはず、ないのに。
あなたは決まって夕方くらいにここへきて、10分くらいで「またね」とどこかへ行ってしまう。あたしはそれがどうしようもなく寂しくて、なのにまたねと言ってもらえることが嬉しくて、今日もまた、同じ時間にあなたをここで待ってしまう。
たとえあなたが、あたしに触れてくれないとわかっていても。